内山茂男
星を見るために海岸や山へと、ずいぶんいろいろなところへ出掛けた。そこで、動物たちとであったことも少なくない。
奥日光や粕尾ではよく鹿と出会った。車道に出ていることも多く、ヘッドライトが当たるとこちらをじっと見て、
近くに行くと逃げて行く。真っ暗な中で星を見ていると、「キュン、キュン」と鳴き声がしたり、“ガサガサ”と歩く音がしたりする。
鹿は大きいので、初めて出会った頃はちょっと怖い気もしたが、実はおとなしい動物である。
襲ってくることはない・・・と思うのだが、念のためにラジオをかけて「ここに人間がいるから、あまり近づきすぎないでね」
と教えることにしている。1人で山の中にいると静かで気持ちが落ち着くのだが、ちょっと小心者にもなる。
鹿以外に、星を見に行って夜に出会った動物たちというと、野うさぎ・たぬき・うりぼう
（いのししのこども）など。先日は、初めてハクビシンにも出会った。
これらの動物たちに会える機会は少ないので、会えるとうれしくなる。
でも、動物との出会いで怖い思いをしたこともある。
その1
その夜は九十九里海岸で星を見ていた。あるとき少し遠くから、犬が「ワンワンワン」と吠える声が聞こえた。 どうしたんだろうと思い、声が聞こえた方向に双眼鏡を向けて見た。双眼鏡を使うと、夜でも結構あたりの様子が見えるのだ。 そのとき双眼鏡の視野の中に見えたのは、ナント“数頭の犬の群れが吠えながらまっすぐこちらに向かって走ってくる姿”だった。 なんだ、なんだ、なんだ？ 私と車が不審者なのか？ 突然の想定外の出来事に頭の中はパニック。 私はすかさず車の中に逃げ込んだ。ドキドキドキドキ・・・。犬たちが車を取り囲みながら吠えまわっている。 そんな様子をイメージしてしまい、恐怖心と車の中なら大丈夫という安心感が混ざった複雑な心境で時を過ごした。 犬たちが来るのは今か今かと身構えながら。
結局、犬たちは私の車のところには来なかったようだ。どうして吠えながら走っていたのかもわからないままだ。 でも、5分以上は車から出られなかった。車から出るときにも、 いつの間にか車の影で犬が待っているのではないかとドキドキだった。
その2
筑波山に星見に行ったときのこと。徹夜で星を見て、朝を迎えた。薄明の色の変化の美しさを楽しみながら、 私は道路のガードレールに寄りかかって日の出を待っていた。ガードレールの向こうは低い藪となっているだけで木も少なく、 とても東の見晴らしが良いところだった。やがて、その藪の左の方からガサガサと音が聞こえてきた。 動物が歩いているのだろう。音の感じからクマほど大きい動物ではなさそうだが、 姿は見えないのでその正体はわからず、不安であった。「クマではないはず」と自分に言い聞かせながら音を聞いていた。 その動物の歩く経路はまっすぐで、私の前を左から右に横切り、その最接近距離はおよそ10m程度の見込みである。 このまま通り過ぎてくれよ、と願いながら音の行方に注目していた。そして、まさにその最接近地点に来たときである。 突然“ガサガサガサ”と方向を変え、動きも速くなって、まっすぐこちらに向かってきたのだ！ とっさに、私は後ろに走ってしまった。
この動物は結局姿を見せなかった。もしかしたら少し姿を見せたかもしれな。でも、 私が背中を向けて逃げてしまったのでわからない。その後、道路で犬が歩いているのを見かけたので、 あの動物も犬だったのかもしれない。でも、本当の正体はわからない。
その3
その夜は茨城県大子町の林道で天体写真を撮っていた。星雲星団をFC-100の直焦点で撮影していたのである。 焦点距離が長いわりに赤道儀の精度が高くないので、ガイド星から目を離すことはできなかった （オートガイダーを使ってはいなかった）。
あるとき、林道の向こうから“ドッ、ドッ、ドッ、ドッ”と低い足音が聞こえてきた。音の感じからすると、
かなり大きい動物と思われる。どうも、林道を走ってくるようだ。このくらいの大きさの動物に襲われたら勝ち目はない。
顔を上げてその正体を確かめたいが、私の存在に気がついて向かって来たら大変である。そして、その足音が近づいてくる。
ドキドキしながら息を殺して、背中を丸めたままじっとガイド鏡を覗き続けた。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。足音は私のすぐ後ろ、1m くらいのところを通り過ぎた。再接近の頃は、突然止まったり、
向きを変えるのではないかと心配し、緊張した。足音が遠ざかり始めてもまだ心配で動けず、
足音が聞こえなくなってやっと顔を上げることができた。そのときには、当然その動物の姿は見えなかった。
その動物も何だったかわからない。鹿かもしれない。 鹿がいるのならしばしば「キュン」という鳴き声が聞こえてもよさそうだが、その夜は一度も聞かなかった。
この文章は、私の所属する“さいたま☆天文同好会”の会報「まがたま」61号 （2004年 9月発行、特集「天文と動物」）に掲載したものを、一部書き直したものです。
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