内山茂男
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| 1986年3月3日のハレー彗星 (200mm望遠、少しだけトリミング) | |
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| FC-100による最初の写真 |
ハレー彗星回帰をきっかけに当会が埼玉県庁天文同好会として誕生したのが1986年(2010年に“さいたま☆天文同好会”に改名)。今年で設立40年です。そこで、“40くらい”のことについて書いていきます。
私が入会したのは1992年なので本年度で35年目(四捨五入すれば40年目)。会員の皆様とは長いつきあいになったものです。
ハレー彗星が回帰した40年前、私は就職1年目。ハレー彗星は、近日点通過前の秋からある程度追いかけて、スケッチをしたりしていました(まだ、スケッチするということも行われていた時代でした)。そして、近日点通過後、3月になってからは何度も九十九里海岸に出かけ、写真を撮っていました。世間はハレー彗星で大騒ぎ。1910年の回帰が好条件で“頭部が地平線に沈んでも尾の先はまだ天頂を超えていた”ような話で“スゴイ彗星だ”と騒いでいましたが、1986年の条件はあまり良くありませんでした。それでも、3月のはじめに見え始めた頃には、ダストの尾を伸ばした姿が双眼鏡できれいに見られました。その後、太陽から離れると暗い空で高度がある程度高くなっていきましたが、徐々にぼんやりとした姿になっていき、やはり彗星は近日点通過後のなるべく早い時期だと尾が伸びて美しい、というのを実感として感じたものです。
天文に関心を持った頃には、書籍で「ハレー彗星が1985〜86年に帰ってくる」という記述を見て「ずいぶん先のことだな〜」と思っていたことを覚えています。ところが、そのハレー彗星からすでに40年も経ち、ハレー彗星はすでに遠日点を過ぎて少しずつ太陽に近づきつつあります。ずいぶん長く天文を続けたものです。
さて、ハレー彗星の頃まで使っていた望遠鏡は、ミザールのCX-150。高校入学のときに買ってもらったもので、9年間あまり活躍してくれました。ただ、極軸望遠鏡もなく、星野写真の撮影にはあまり向いていませんでした。そこで、翌年に購入したのがFC-100(+ EM-10)。残っている天体写真を見ると、FC-100による最初の写真が1987年9月14日撮影の月面。直前の8月10日の写真はCX-150によるものなので、この間にFC-100を購入したのでしょう。ということで、FC-100も来年で40年です。長いつきあいになったものです。
2001年11月18/19日のしし座流星群の大出現のことは何度も書いてきました(Leonid Storm 観測記、2001年 Leonid Storm 観測結果、他)。快晴に恵まれたこの夜、290分間の観測で2791個の流星を記録し、ピークの3:00からの30分間に651個の流星(おうし群1個、散在2個含む)を観測しました。夢のような素晴らしい夜でした。その後、日本人の光度分布観測をもとに1866年(4公転)トレイルと1699年(9公転)トレイルのそれぞれの出現数の推定に成功してしまいました。この成果を国際流星機構IMOの機関紙WGNに投稿するとともに国際会議(東京開催)で発表したのが2002年で、私が40歳の時でした(Leonid MAC Workshop に参加して)。その頃は、流星関係で気になることが見つかると自分なりに検討し、計算をしてみて、その結果を流星物理セミナーや流星会議で発表する、ということを何度もしていました(流星の研究発表)。しかし、49歳のときにちょっと忙しい職場に転勤になり、仕事は充実していましたが、研究といえるものはあまりできなくなりました。ここ数年は、仕事という点では余裕ができたのですが、時代はだいぶ変わってしまい、なかなか研究と呼べるものに手が届かなくなってしまいました。振り返ってみると、40歳台は「趣味は天体観測と研究です」と言うことができた充実期でした。
フルマラソンは42.195 km。およそ40 kmです。初めてのフルマラソンが1995年2月ですから、31年前(まだ40年くらいには届かず)。ランナーの中には、たくさんの大会に出ることを楽しみに走っている人も結構いますが、私はあまりたくさんの大会には出ていません。基本は手賀沼付近でのランニングを楽しむことです。しかし、少しは大会に出た方がモチベーションアップになりますので、勝田全国マラソンは基本的に走るようにしています。今までに走ったフルマラソンの回数を数えてみたのですが、現在までに25回でした(まだまだ40回くらいには届かず)。40歳代後半に入った頃に、フルマラソンのタイム短縮の限界を感じ始めて、あらたなモチベーションとして 100 kmマラソンにも挑戦し始めました。現在までに8回完走していますので、フルマラソンと合計で33回です(まだ40回くらいには届かず)。100 kmマラソンに向けての練習では、40km以上の距離を走ることもよくありました。私は、走り始めた初日から、すべての走行距離と走行時間を記録していますので、練習での40 km 以上の回数も調べてみましたが、これが31回(まだ40回くらいに届かず)。これに大会の回数に加算すると64回になってしまいます(40回を超えすぎ)。
地球1周は4万kmですが、これは40 Mm(メガメートル)です。私の通算走行距離は2025年12月に50 Mmを超えました(40をちょっと超えすぎ)。ちなみに40 Mmを超えたのが2020年3月11日でした。
何とかランニング関係で“ほぼ40”のものを探してみました。今年のフルマラソンのタイムが3時間50分で、自己ベストは16年前の3時間13分ですから、16年間で37分遅くなったことになります(かなり40に近い)。さらに、試しに 40 ks(キロ秒)= 40000秒 を計算してみたら、11時間6分40秒。これは100 kmマラソンのタイムに近いです。大会記録を調べてみたところ、2016年の大会での私の記録が 11時間6分36秒ですので、これは見事に 40 ks といえるでしょう。ちなみに、ベストタイムは37 ksで、40 ksを切ったのは6回でした。
この文章は、私の所属する“さいたま☆天文同好会”の会報「まがたま」127号(2026年6月発行;特集「40」)に掲載したものを、 一部書き直したものです。
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